風景画家が描き写した地、コンスタブルカントリー

Yumiko with Ruby and Jasper - Copy東のエセックス州とサフォーク州にまたがる地域は‘コンスタブルカントリー’と呼ばれ、そこは19世紀初頭にかけて活躍した英国を代表する風景画家のひとりジョン.コンスタブルが生まれ育ったところ。彼はこの地をこよなく愛し、同年代に活躍したもうひとりの風景画家ターナーと比べ、遠い地や外国よりもこの国で、そしてほとんどはこの地域に限った絵を多く残しています。彼こそ海を渡ったフランスでバルビゾン派、そして印象派に最も影響を与えた画家のひとりだったのです。

英国にいらっしゃると一度はイギリス的な田舎の風景を描いたコンスタブルの絵、またはそのプリントに出合うことでしょう。それは今にも小粒の雨をもたらすような雲や、深い緑の葉を沢山つけた木が生い茂る正に英国のカントリーサイド風景です。

ガイドとしてここをご案内する機会は過去に1、2度ありましたが、それはもう15年以上前のことです。そして9月の初め、特に写真に興味を持たれているご夫婦をご案内する機会に恵まれました。そこは私が訪れた15年前とちっとも変わっていないどころか200年以上経った今でも、コンスタブルが描いた時の風景とほとんど同じであることは正に驚きです。

20世紀始めのフラットフォード(彼がもっとも多くの絵を描いた場所)は絵のイメージを追ったパッケージツアーまでできるという人気でしたがブームも終わり、荒れ果てた地となってしまいます。それを救ったのがナショナルトラストでした。1943年にナショナルトラストの手に渡ってからは、再びコンスタブルの絵の世界に蘇ったのです。 

まずは、皆さんにコンスタブルの絵と実際の今の風景を比べていただきましょう。

in_ph_05_02in_ph_05_01『フラットフォード製粉所付近の舟造り』

in_ph_05_04in_ph_05_03『フラットフォード製粉所』絵画にある左奥のレンガの製粉所辺りの現在です。

in_ph_05_06in_ph_05_05そして彼の代表作である『干草車』。煙突から出るのは80年の生涯のうち留守にしたのは4日だけだったというコンスタブルの友人ウィリー.ロットが、今正に暖炉にくべた薪から出る煙のようです。

in_ph_05_07コンスタブルはスタウアー川を多く描きました。今では運搬用のボートに変わって人間がレジャーとしてのボート漕ぎを楽しんでいます。時間があったらナショナルトラストが主催する1時間半くらいのウォーキングツアーに参加してはいかがでしょう?コンスタブルが絵に描いた場所を深い知識を持ったボランティアガイドが案内してくれます。

さてこの地域を訪れたら、フラットフォードの製粉所のあるところだけ見て帰るのはもったいない気がします。歩いて20分くらいのイーストバーグホルトはコンスタブルの生まれた村。ここにあるセント.メアリー教会は15〜16世紀に建てられた教会ですが、外観を見ると、ウン?どこか他の教会とは違うことに気がつかれるはず。

in_ph_05_10

in_ph_05_09

そう、鐘が入っている塔がありません。その代わりに墓地に建っているのがとてつもなく大きなベルの入ったベルケージです。16世紀に建設費が滞ってしまったために塔が建てられず、いつかは塔に収容されるはずだった鐘が500年近く経った今でもその仮住まいに収められています。運がよければ英国で一番重たいといわれる5個の鐘が鳴るのを聴くことができるでしょう。

普通教会の鐘というのは塔の上部にある鐘に付けられたロープを下で引っ張りながら鳴らされるものですが、ここでは珍しくベルケージに入れられた鐘を人間が手で鳴らしています。ベルリンギングに出会う幸運に恵まれた際は、耳を覆う耳マスクが必要なくらい!覚悟をしてください。

実はこのベルケージは私にとってとても思い出が深い建物です。もう20年も前に雑誌の取材で訪れた際にスーツのズボンの先をソックスに入れ、頭にはおしゃれなツウィードの帽子をかぶって自転車を押しているおじいさんに出会いました。前日の疲れが出て頭痛を訴えていた私に「手を貸してご覧。頭痛を治してあげるから」といわれその通りにしたところ、おじいさんの手からジンジンと熱が伝わってきて頭痛が治ったではありませんか! 最後に彼が言ったことは「10年たったら電気自動車があちこちで走るようになる。」という予言。10年以上経ってはいますが、確かに電気自動車は走るようになりましたものね。不思議なおじいさんとの出会いは忘れられません。

またカージーの村は中世の家が立ち並ぶ一本道を進むと川に突き当たりますが、車が横切る徒渉場を渡るとその先は教会です。この教会に行く階段を登りきったところから見下ろす村の景色はまるで絵葉書の世界です。その他、ハドリー村は壁に17世紀の模様を残した珍しい建物が多く見られる村。今の人の好みとはかけ離れたものですが、それでも「昔のまま」保存していることに魅力を感じます。 


文:タイヴァース由美子
1977年、政府公認の観光ガイド資格であるブルーバッジを取得。以来、30年以上にわたってガイドとして活躍。2003年、NHK ETVスペシャル『イギリス素晴らしき村。豊かな人生と出会う旅』に番組の案内役として出演。2005年、政府公認のドライバーガイドの資格を日本人として初めて取得。

関連記事

ページ上部へ戻る