アガサ・クリスティとトーキー

Yumiko with Ruby and Jasper - Copyコナン・ドイルと並んで英国を代表する推理小説家アガサ・クリスティが生まれ暮らしたデヴォン州の町トーキー周辺は‘イングリッシュ・リヴィエラ’と呼ばれ、昔から避暑地としても知られた地域です。ヴィクトリア時代は鉄道も発達してレジャーとしての旅が一気に一般化した時代で、海岸にある町は避暑に訪れる人たちのためのホテルやレストラン、観光施設が多く建設されました。海に突き出た埠頭、劇場やゲームセンター、観覧車..今でも当時人気のあった観光地ブラックプールやイーストボーン、ボーンマス、ヘイスティングの町には長く続く建物が(テラストハウス)当時同様ホテルとして海岸沿いに残っています。

さて、トーキーは特にアガサ・クリスティ縁の場所でもあることから‘ポアロ’や‘ミスマープル’を求めて英国各地から、そして最近は世界中から観光客がやってきます。そしてその周りの美しい村々や国定公園などに行けばアガサ・クリスティがこの地域に生まれ、その人生の多くの時間をここで過ごしながら数々の作品を生んだことが単に偶然ではなかったように感じられるでしょう。今回は先日私がドライバーガイドとしてお客様とご一緒した時の日程を基に‘アガサ・クリスティとデヴォンのミニ旅行’に皆さんをご案内しましょう。今回はトーキーに3連泊し、そこを拠点として周辺を周りました。

ロンドンからトーキーまでのドライブは最短距離で4時間ほどかかりますが、今回は少し遠回りしてジェラシック海岸経由でトーキーに向かいました。ジェラシック海岸とはドーセット州とデヴォン州を含む英国南西部に位置する150キロほどの海岸でユネスコの世界遺産にも登録されています。それは1億8500万年をかけて形成されましたが、その時代は恐竜が歩き回っていた時代であり現在でも当時の生き物、植物の化石が発見されています。

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Durdle Door(ダードゥル・ドア)のアーチはラルワースと呼ばれる50平方キロにおよぶ個人所有の土地にありますが、人々は自由にその周りを歩くことができます。駐車場もありますのでそこから坂を下がってこのライムストーンでできたアーチのすぐそばまで行きましょう。帰りの登り坂がちょっと大変ですが行ってみる価値は十分あります。特に青空が出ていればしばらくは芝生の上に座って人類が始まってから全く変わっていないであろうこの景色を心行くまで眺めてください。できたら魔法瓶に入れて持ってきた紅茶を飲みながら。

1億4000万年の月日をかけて波の力でできたこのアーチは、いずれ再び波の力で消えゆく運命にあること、それから比べれば人間の生命のなんと短いことでしょう。そんなことを考えると単純な私は、ますます「ああ、短い一生を楽しくハッピーに生きなくちゃ。」という気持ちになります。

in_ph_22_02今回の3泊の宿泊はアガサ・クリスティがハネムーンを過ごしたトーキーの町の中心にあるグランドホテルです。1881年にオープンしたこのホテルも今はほとんどの部分が1930年前後のアールデコ調の内装になっています。正にその時代に生きたアガサの世界がそこにあります。その階級の女性が結婚相手を探すのに社交の場を利用していた時代(アガサの両親は当時のアッパー・ミドルクラスという階級に属していた)、将来の夫となるアーチボールド・クリスティとダンスパーティで知り合い結婚したのが1914年のことです(1928年に離婚。1930年にマックス・マロワンと再婚)。ハネムーンに彼女が泊まった部屋は海を見下ろすスイートルームになっていて、現在でも泊まることができます。

 

2日目の朝、その名も‘1881’とオープンした年代の名がついたヴィクトリア時代のダイニングルームでゆっくり朝食をとった後、アガサが住んだGreenwayに向かいます。ここはDartmouthで車を駐車してフェリーで行くか(船着き場からGreenwayまでは坂道を10分くらい歩く)、乗り心地は決して良くはありませんが1930年代のヴィンテージバスに乗って家の前まで行く方法があります。

Grin_ph_22_05eenwayはアガサとその家族が夏やクリスマスを過ごした家です。時には友人をよんでハウスパーティなどもしたのでしょう。アガサや夫のマックス・マロワンが集めたドレスデンの陶器、パピエマシェ、タンブリッジウェアの小物などの収集品が並びます。ドローウィング・ルームにはプロのピアニストを目指したことのあるクリスティが弾いたグランドピアノがあります。出版される前のアガサの作品が家族のために彼女自身によって読まれたのもこの部屋です。居眠りをしていた夫のマックスが突然目をさまし犯人を言い当てた途端に機嫌が悪くなるアガサの顔が目に浮かびます。お天気が良ければ是非ガーデンも散歩してください。海を見下ろす丘、木々の間に造られた小道を歩きながらアガサは小説の筋を考えたのかもしれません。

in_ph_22_07トーキーの町から車で5分、ババクームの町にあるBygoneという博物館はヴィクトリア時代の道や店が再現されている興味深いアトラクションです。そこにはアンティークの日常品が所狭しと並びます。また、Bygoneから徒歩で5分のところにあるミニチュア・ヴィレッジは4エーカーの土地に英国的な町や村が12分の1のスケールで作られています。列車も走っていますし、ストーンヘンジやフットボールスタジアムなど実在するものもありますが(スケールの対比が異なる場合もある)、ストーンヘンジの中に何故か青色のゴリラのおもちゃが歩いているところに英国人のユーモアのセンスを感じます。

in_ph_22_103日目。アガサの作品 ‘そして誰もいなくなった’ ‘白昼の悪魔’ の舞台となったバー島へ。トーキーから1時間のドライブです。潮の満ち引きによって本土とつながったり、離れ小島になったりする島ですが対岸のBigbury on Seaの駐車場からはお天気が良ければBurgh Island Hotelの白い建物がその眩しいほどの白さを見せてくれます。満潮時であれば専用の巨大トラクターに乗って、そうでなければ砂浜を歩いて島まで行きます。

Burgh Island Hotelはアガサが泊まった時とほとんど変わっていない様子。泊り客でなければホテルに入ることができないのが残念ですが、私がずっと以前に泊まった際はホテルに足を踏み入れた途端に完全にアガサの時代に引き込まれてしまったことを覚えています。アガサはここから下の入り江の砂浜に座って「白昼の悪夢」の筋を考えたのかもしれません。時間があったら丘の頂上までの散歩を楽しんでください。頂上まではホテルの宿泊客でなくても ‘パブリックフットパス’ を使って自由に登ることができます。

in_ph_22_12トーキーに帰る前にダートムア国定公園にご案内しました。シャーロック・ホームズのシリーズの中でも最も人気のあるもののひとつ ‘バスカヴィル家の犬’ はダートムア国定公園が舞台になっています。コナン・ドイルが実際にインスピレーションを受けたのはウェールズとイングランドの境にあるヘイ・オン・ワイにある友人の家に滞在した時でした。その地に伝わる伝説を基にして書かれたと聞いていますが、緑の牧草地や木々が多い他の国定公園と違って低い灌木が多く、荒涼としたこのダートムア国定公園のほうが「バスカヴィル家の犬」の舞台としては合っている気がします。

 

in_ph_22_13トーキーに戻る前に是非立ち寄りたいのがCockingtonの村です。アガサも時々訪れ、夏場は観光客で賑わうこの村は四方藁葺屋根の古い建物に囲まれ、そのうちのいくつかはティーショップになっています。15分も歩けば全て見学できそうな小さな村ですが、デヴォン州名物のクリームティ(スコーンと紅茶のセット)をいただきながらゆっくりするのもいいでしょう。

今回はトーキーに3泊して最終日はBudleigh SaltertonやBeer、また昔から化石が多く発見され、映画「フランス少尉の女」で世界的に有名になったLyme Regisなど更に海岸沿いの町や村を経由してロンドンに戻りました。今回は車での移動でしたが列車で行かれる場合はロンドンのパディントン駅からトーキーまでは3時間半から4時間です。そこからバスやタクシーを使って周辺を観光することもできます。皆さんも是非アガサ・クリスティと共に ‘イングリッシュ・リヴィエラ’ を満喫してください。


文:タイヴァース由美子
1977年、政府公認の観光ガイド資格であるブルーバッジを取得。以来、30年以上にわたってガイドとして活躍。2003年、NHK ETVスペシャル『イギリス素晴らしき村。豊かな人生と出会う旅』に番組の案内役として出演。2005年、政府公認のドライバーガイドの資格を日本人として初めて取得。

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