こんな場所にこんな博物館!

Yumiko with Ruby and Jasper - Copyロンドンには250もの博物館や美術館があると言われています。大英博物館やナショナル・ギャラリー、ヴィクトリア&アルバート博物館、テート・・でもあまり知られていない博物館だって訪れる価値は十分あります。今日はその中でも「えっ?こんなところに?」という博物館のひとつ、ヘンデル・ハウス博物館をご紹介しましょう。

オークションで有名なサザビーズや美術品のギャラリー、また最近オープンしたディーオールのお店を始めシャネル、ブルガリ、エルメス、ルイ・ヴィトンなどの高級ファッションブランドのお店が並ぶロンドンのオールド&ニュー・ボンドストリート。そこからほんのちょっと路地を入ればロンドンっ子さえ気が付かない素敵な路地やレストラン、お店があります。ロンドンに住んでいてラッキーと思うことのひとつはこういう場所を見つけた時です。

in_ph_23_02ボンドストリートと交差しているブルックストリートをクラリッジズ・ホテルに向かって20メートルほど歩くと、左の1721年に建てられた建物二軒の正面にふたつのブループラックが見られます(歴史上有名な人の関わった家につけられる青く丸いプラック)。ひとつが天才バロック音楽作曲家のヘンデル、もうひとつが天才ロックギターリスト・ミュージシャンのジミ・ヘンドリックスです。

偶然にもふたりが住んだ家は隣同士。これが知る人ぞ知るヘンデル・ハウス博物館です。看板は全く出ていませんし、ただひとつの目印は古い煉瓦に囲まれ、どう見ても現在は使われていないような赤いドアに小さく書かれた‘ヘンデル・ハウス博物館 入口は裏’の文字のみ。特にこの博物館を目的に来ない限り前を歩いていても気が付かないでしょう。

たいていの人はヘンデルはドイツに生まれ、ドイツで活躍した作曲家と思われていることでしょう。たしかにゲオルグ・フリードリヒ・ヘンデルは1685年ドイツのハレに生まれ(偶然にもそれはバッハ誕生と同じ年)、若い頃はハンブルグの宮廷作曲家として活躍していましたが、22歳の時に当時音楽の絶対的中心地であったイタリアに渡り、そこで多くの音楽家から当時のロンドンの音楽事情をきいて興味を持ちます。

当時のロンドンは市民層が増え娯楽が盛んな上に西ヨーロッパでもっとも裕福な都市でした。そこでのイタリアオペラの人気に狙いをつけてヘンデルは1711年にロンドンに渡ります。同時にクィーンズ・シアター(‘オペラ座の怪人’が上演されている現在のHer Majesty’s Theatre)のために依頼されたオペラを2週間で仕上げるという奇跡をおこし、これが大成功。このオペラが‘リナルド’です。ここにヘンデルのロンドンでの音楽活動の基盤が作られます。1713年には‘アン女王の誕生日のためのオード’を作曲、中でも‘永遠の源よ’は現在でも人気の曲です。

1714年、ヘンデルは人生をも変える偶然に遭遇します。14回の妊娠にもかかわらず(18回説もある)、全員が死産、死去を繰り返したアン女王の後継人はドイツのハノーヴァでヘンデルが仕えていたハノーヴァー選帝侯ジョージでした。英国王となったジョージをパトロンにヘンデルの音楽活動はますます盛んになっていきます。1717年、テムズ川を渡るジョージ一世の乗った遊覧船の後に沢山の船が続きます。その中の一隻には50名の演奏家が乗り込んでいます。奏でる曲はヘンデルが作曲した‘水上の音楽’でした。王はたいそう気に入り3回もアンコールを送ったと言われます。 

1724年にはイングランドに帰化し、名前もジョージ・フレデリック・ヘンデルに改名されます。こうしてヘンデルはアン女王、ジョージ1&2世の統治下にあってイングランドの作曲家としてその名を揺るぎないものにしていきます。彼はまたイタリア語で歌われるイタリアンオペラから、観衆が十分理解し楽しめるイングリッシュオペラを確立させ、更には衣装や舞台装置を必要とするオペラに代わり、オラトリオ(それらを必要としない管弦楽、独唱、合唱などの宗教を基にした曲)に転向していきます。

‘メサイア’は1741年にダブリンで催された慈善コンサート用に作られました。英国では‘ハレルヤコーラス’が始まると起立する観客がいます。その意味が最近になってやっとわかりました。ヘンデル愛好家の知人によると「ロンドン初の‘メサイア’のコンサートの席でハレルヤコーラスが始まった途端にジョージ2世(即位1727~1760)が起立したので、他の人も起立したことから始まった習慣。」なのだそうです。

英国にとって最も大切な曲のひとつに‘ジョージ2世の戴冠アンセム’があります。ヘンデルが書いた4曲の中でも‘司祭ザドック’ほど戴冠式に相応しい曲はないでしょう。最初はとても静かで厳かに、そしてゆっくりと長い間イントロダクションが繰り返されます。そして徐々に音が大きくなり、「これから何かすごいことが起こりそう!」という期待が絶頂に達した時にコーラス全員が一挙に大声で♪Zadok the Priest and Nathan the prophet anointed Solomon King.....♪と歌いはじめます。ジョージ2世以来、英国では戴冠式に必ず使われる曲になっています。

この他、‘私を泣かせないでください’‘王宮の花火の音楽’‘喜びたたえよ’など数々の作品を残したヘンデルはこのブルックストリート25番に1723年から1759年に他界するまで暮らしました。一生涯独身を通したヘンデルは自分の召使いをもち、誰に邪魔されることもなくアパー・ミドルクラスの人たちの住むこの界隈で自由に音楽活動を営んでいたのです。現在は博物館としてヘンデルや同時代の作曲家の肖像画が掛かり、同年代の家具が置かれています。

ベッドルーム © The Handel House Trust Ltd. Photo by James Mortimer リハーサル&演奏会ルーム © The Handel House Trust Ltd. Photo by James Mortimer 階段 © The Handel House Trust Ltd. Photo by James Mortimer © The Handel House Trust Ltd. Photo by Stuart Leech

© The Handel House Trust Ltd. Photo by Justin Barton, James Mortimer, Stuart Leech


文:タイヴァース由美子
1977年、政府公認の観光ガイド資格であるブルーバッジを取得。以来、30年以上にわたってガイドとして活躍。2003年、NHK ETVスペシャル『イギリス素晴らしき村。豊かな人生と出会う旅』に番組の案内役として出演。2005年、政府公認のドライバーガイドの資格を日本人として初めて取得。

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